絹の舞

足柄刺繍 上田菊明作品集 絹の舞

足柄刺繍として25年に亘る制作活動の中から代表作40点を収録した初作品集

A4・48ページ(40作品収録)
価格:2,160円(税込)送料:160円

小田原市内では、平井書店、伊勢治書店で販売中

絹の舞 ご注文
上田きくあき菜園にて

足柄刺繍 上田菊明 3

━ 産業としての刺繍は衰退していくにも関わらず残したいと思われたのはなぜですか?
 それはもっと先の話で、その前に日本の着物とか帯とかを手掛けた後、足柄刺繍と名を付けて始めたことなんですけど。40年ほど前の話になりますけど、日本の刺繍の中には一段くらい芯肉(綿)を入れているものもありますが、4段も5段も芯肉が入って立体的なことと、それよりも糸のぼかしっていうのが私が見たり聞いたりした中では、世界中で見たことも聞いたことも無かったので、是非これは残したいとかねがね思っていたんです。
━ 刺繍を残そうとすると、下絵や糸の染めなどすべての工程を一人でやらなければいけないようになりますが技術の習得はどうされましたか?
 糸なんかは見よう見まねで家でも染めてましたからわかりましたけど、ただ作家ものとして創るには従来の繍箔の技法じゃ駄目なんですよ。もっと緻密で繊細な仕事に仕上げないといけませんから、独学で研究して徐々に仕上げていったんですけど、その間は大変なことですよ。生活もかかってましたしね。
━ 商品化せずに刺繍作家として生きる決断は容易では無かったと思うのですが?
 昭和25年ごろから仕事も無くなって、食べるに困って勤めに行こうかという話もあったんですけど、ワイフが「おとうさんはいい腕を持ってるんだから、頑張ってやりなさいよ。生活の方は私が何とかするから」っていってくれましたし、その頃は裏に畑がありましたからモチーフにする野草を植えたり、野菜も植えていましたので、後は日常のものにお金が掛かるくらいでそんなにお金が掛かりませんでしたね。 仕事が無いときは山に入って自然薯を掘って市場に卸したり、川に行って鮎をとっては魚市場に卸したりして、人によっちゃよくそんな遊ぶ暇がありましたねっていわれるんですけど、それは遊びじゃなくて生活のためにやったことでね、あと鳥なんかもエアライフルで撃って焼鳥屋なんかにも売ったりしてました。色々考えると遊びみたいな仕事なんですけど、それは大変なことでそうして生活を補ってきました。
━ まだ、知名度も低いときは作家活動といっても発表の場所も制限されるし少ないと思うのですが、どのような活動を続けてこられましたか?
 昭和57年か小田原に小田原工芸協会っていう手仕事の協会が出来たんですよ。10年くらいで駄目になっちゃったんですけど、そこが小田原商工会議所で毎年のように発表をしていましたので、その会に入れていただいて10年くらいは毎年一点ずつ出展していました。その当時に足柄刺繍って名前を付けたんです。はじめは夫婦で小田原刺繍って名前を付けるつもりでいたんですけど、「おとうさん小田原じゃ範囲が狭いから、足柄地方で一大産業として栄えた刺繍ということで、足柄刺繍にしましょうよ」って当時大学生だった子供と夫婦3人で考えた名前です。

ページのトップへ


煽プロジェクトにご賛同のうえ、地域の未来を見据えご協賛いただいたみなさま(敬称略)

[印刷協力] 文化堂印刷(株) [翻訳協力]Kidsman English / 駒裕司、Shane Pole

[小田原市] (株)籠清 /(有)平井書店 /(有)高橋建築 / izumiジュエリー シマノ / cut salon e-hair / 空間実験工房FACTORY [南足柄市](有)ピクセラ工房 [開成町]お魚食房わはな座 [真鶴町] ジャンクスネット [二宮町]小嶋歯科医院 ホワイトエッセンス二宮店 [横浜市](株)メディケアー