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▼ vol.1 足柄刺繍 上田菊明

 小田原市を中心とした地域では、明治より昭和にかけて栄えた刺繍産業があった。上田氏は縫箔を家業とする家に生まれ、16歳頃から本格的に家業を手伝うようになった。
 昭和30年代には仕事もほとんど無くなり、産業が衰退していく中、一人、縫箔の技を守りながらその作品を芸術の域にまで持ち上げた。上田氏に刺繍にかけるその思いをうかがってみた。

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工房にて

木象嵌 内田定次 3

━ いまでも技術的に難しいところはありますか?
 そりゃ、あるよ。うんとあるよ。まずは糸鋸の歯だね。これで仕上がりがかなり違ってくるよ。二年前に仕事をやめたのも、自転車で転んで足の骨を折って満足に糸鋸の歯も作れなくなったからなんだよ。目が悪くなったのもあるんだけど、一番の理由は糸鋸の歯だね。
━ 木象嵌は組み合わせる木の種類によって模様や濃淡を出していますが、使用する木の種類は何種類ぐらいありますか?
 昔は国内の木ばかりだったんだけど、最近では色のはっきりした外材も使うようになったね。木の種類としては数えたことはないね。何十種類だと思うけど、同じ木でも産地によっても取る部分によっても色が違うからね。そういう意味では何百という種類になるかも知れないね。木象嵌に使うのは広葉樹ばかりで、針葉樹は薄く切るとボロボロになるんだよ。
 親方はね、一種類の木を染めた方が綺麗だと言ってたんだけど、今の染料は太陽とか蛍光灯の光にあたって時間が経つと色が変わってしまうんで、以前は少し染めたりしたのもあるんだけど、今は染めずに木の色だけで作ってるよ。
━ 大きさや細密さにもよりますが、一点制作するのにどれくらいの時間が必要ですか?
 二ヶ月から三ヶ月はかかるよ。歌麿の三美人は一年かかったなあ。性格にもよるんだけど、私の場合は気が散るからいろいろ作るより、一点に集中して制作するね。
━ 箱根・小田原で木工が栄えた理由は?
 周りが山で木が豊富にあったことや、箱根は湯治場で湯治客の土産物としての引き合いも多かったように聞いてるよ。それよりね、貿易商がいて、輸出品として売れた方が多かったように思うね。戦争に行ったとき、インドのベンガル湾にあるアンダマンの島で、自分が作った作品を見つけたときはびっくりしたよ。シンガポールから始まり、南方に足かけ六年兵隊として行ってたけど、警備とかで実際戦うことは無かったし、終戦後、現地でマラリアにかかったりで亡くなる戦友もいたけど、体は丈夫だし運も良かったね。

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